ざっくりノンフィクション

最近読んだ本をざっくり紹介。ノンフィクション中心。

『チョコレート語辞典』チョコレートのバイブル

チョコレート語辞典: チョコレートにまつわることばをイラストと豆知識で甘~く読み解く

チョコレート語辞典: チョコレートにまつわることばをイラストと豆知識で甘~く読み解く

 

チョコレート尽くしの絵辞典である。「いつしかチョコレートを食べて楽しむだけではなく、絵と文がいっぱいのチョコレートの本をつくることに胸を膨らますようになっていた」と語る著者は、チョコレート大好きのイラストレーター兼ライター。

50音順にチョコレートの種類、歴史、人物などチョコレートにまつわる言葉がズラリと並んでおり、一つひとつにかわいいイラストとやさしい解説が添えられている。堅苦しさは全然感じない。どのページから読んでも存分に楽しめる。

随所に設けられたトリビア的なコラムも楽しい。チョコレートメーカー各社で使われている略語を紹介するコラムでは、明治の社内で「明治ミルクチョコレート」の愛称は「ミルチ」、「きのこの山」と「たけのこの里」をセットで「きのたけ」、チロルチョコの社内では、カカオマスの入ったチョコレートを「クロチョコ」、森永製菓の工場内では「カカオマス成分◯%」を「マス分◯%」と表現するそうだ。

もちろんこんなことを知って得するわけではないし、そもそもチョコレートは私たちにとって身近な存在で、ただ食べるだけでも十分幸せになれるものだ。それでも本書を読めば、普段何気なく食べているチョコレートの新たな魅力に気付かされるはずだ。

『ピカソになりきった男』真贋の価値とアート市場の実像

ピカソになりきった男

ピカソになりきった男

 

 「ピカソが生きていたら彼を雇ったであろう」

ある美術評論家はギィ・リブをこのように評している。著者のギィ・リブは現在69歳。2005年に逮捕されるまで数十年にわたり、ピカソ、ダリ、シャガールなどを模した作品を世に出し続けた天才贋作作家である。本書は破天荒な彼の人生とアート市場の闇を、ギィ・リブ本人が描き下ろした稀有な一冊である。

贋作といっても彼の作品はただの模倣ではない。彼の作品は、ピカソ、ダリ、シャガールなどの巨匠が生み出したかもしれない「新作」を「創作」したものである。そのために一番重要なことは巨匠本人に徹底的に「なりきる」ことだという。たとえば、シャガールは妻が毎朝持ってくる花束の色から着想を得ていた。それにならい、ギィはまったく同じようにサン=マンデの花屋と契約し、毎朝その日の花を届けてもらっていた。

次第に彼は完璧な贋作の作り方を、「画家を調べ尽くす」「その時代の画材を入手する」「その画家になりきる」という3つに集約させ、完全に自分の中でシステム化していく。月曜日はピカソ、木曜日はマティスといった具合に自在にコントロールできるようになった彼は、大量に「新作」を「創作」していく術を身につけたのだ。ある意味、歴史上の人物の役作りに挑む俳優に似ているかもしれない。

ところでギィは本書でアート市場の闇についても触れている。ギィ逮捕の一件は、ほんの氷山の一角で、そこで明るみにされた数百点より、はるかに多くの贋作が現在もアート市場に出回っているというのだ。そして、ギィ自身の贋作もいまだ多く市場に流通しているという。

 

『ヒットの崩壊』音楽マーケットの実情をあぶり出す

ヒットの崩壊 (講談社現代新書)

ヒットの崩壊 (講談社現代新書)

 

音楽業界の今を知りたければ本書で間違いない。音楽業界の変遷やヒットチャートの変化、音楽ソフト市場の縮小や音楽ライブ市場の拡大、さらに世界全体の音楽産業の潮流、その先行きなどに対する考察が主な内容になっている。

著者は現場最前線の関係者(ミュージシャン、レーベル、プロダクション、テレビ、ヒットチャート、カラオケ)への綿密な取材をベースに、自身の音楽ジャーナリストとして培ってきた知見を加えて話を展開する。説得力も充分にある。これで237ページ、800円(税抜)はどう考えても買いだ。

一番印象に残った内容は、音楽業界の「ヒットの方程式」に変化が見られる、と指摘した箇所だ。具体的にいうと、2010年前後からマスメディアへ大量露出を仕掛けてブームを作り出す、という手法が通用しにくくなったことを指している。そしてソーシャルメディアの普及と合わせるように、いわゆる「ヒット曲」というものが生まれにくくなった。生まれたとしても局所的に生じるケースがほとんどで、これまでの「ヒット曲」と様子が異なり、「CDがたくさん売れること」と「曲が流行っていること」が必ずしもイコールではなくなったと著者は指摘する。

たしかに言われてみればそうかもしれない。たとえば、2011年から2015年のオリコンの年間シングルTOP5を見れば一目瞭然だ。2013年のEXILEと2015年のSKE48を除き、すべての年の1位から5位までをAKB48が独占するという異様な状態になっている。つまり、単純にCDの売上数を集計し、それをランキング化したオリコンチャートは、本当の流行歌を反映したものではなくなっている。ちなみに、この現象は「AKB商法」では片付けられないものだ。詳細は本書にあたってほしい。

そのオリコンとは別に独自のヒットチャートを打ち出しているのが、ビルボードである。彼らの発想はあくまでもリスナー目線で、リスナーが音楽にどういう形で接触しているかを数値化したデータを多方面から集めてチャートを作成する。オリコンがCDの売上枚数一辺倒であるのに対して、ビルボードはそれに加えてラジオのオンエア回数、ダウンロード数、ツイッターでのアーティスト名・楽曲名のツイート回数、ルックアップ回数、YouTubeでのミュージックビデオ再生回数、ストリーミングサービス再生回数などを独自の係数で集計するといった具合だ。

断っておくが著者はオリコンが時代遅れだ、と主張しているわけではない。むしろ売上枚数という一つの基準で徹底して正確な尺度で作られており、それがオリコンのヒットチャートの価値を担保していると述べている。

このように、ヒットチャートの話一つをとってみても、変わりゆく音楽マーケットの実情を知るには十分すぎるほどである。

『デジタル・ジャーナリズムは稼げるか』メディアの役割をあらためて問う

デジタル・ジャーナリズムは稼げるか

デジタル・ジャーナリズムは稼げるか

 

アメリカのメディア業界では急激な変化がおこっている。これまでの役割やビジネスモデル、さらに存在意義までもが揺らいでいると言っても言い過ぎではない。理由の一つとして、情報の受け手と送り手、双方の関係性の変化が挙げられる。それを促すテクノロジーの影響も見逃せない。本書はそのようなメディア界の現状や未来、進むべき方向性について多くの紙幅をさいている。

著者の専門は企業ジャーナリズム。ニューヨーク市立大学で教鞭もとっている。そのため本書の内容は自然とアメリカの事例が目立つ。しかしご存知のとおり、アメリカは世界のジャーナリズムの中心地であり最先端でもある。ここでいま起こっている出来事は今後の世界的な潮流と読みかえて差し支えないであろう。

ジャーナリズムとは、「コミュニティが知識を広げ、整理するのを手助けする仕事」というのが著者の定義である。テクノロジーの発達により、たとえば記事媒体は紙からデジタルへ移行しつつある。それに伴い、メディアはテキストに加えて動画、音声、あるいはそれらの組み合わせという新しい方法で情報を提供し始めた。広告以外の稼ぎ方として記事の価値を重視するならば、一見方向性は悪くないように見える。読者に新たな価値を生み出しているようにも見える。

しかし著者に言わせれば、それは「物語を語る」という昔ながらの手法を踏襲しており、ジャーナリズムの定義に照らすと、記事の価値も方向性も本質的には変わらないと指摘する。それでは何が正解なのだろう?

それはニュースを補強するためのデータだけの記事かもしれない。基本的事項だけを伝えるシンプルな記事かもしれない。あるいは分析解釈を加えた解説記事かもしれない。答えは著者自身もわからない。ただ少なくとも従来の延長線上でないことは確かだ。このような議論がアメリカで行われていることを知るだけでも、本書を読む価値は充分にある。

『トリセツ・カラダ』わかりやすいカラダの教科書

トリセツ・カラダ

トリセツ・カラダ

 

肝臓の位置はどこだろう?どういう機能が備わっているのだろう?そもそも他の臓器の位置関係も含めて、カラダの内部はどうなっているのだろう。即答できる人は案外少ないかもしれない。自分のカラダについて、わかっているようでわからなかったりする人は意外と多いはずだ。そんなときは本書にあたればいい。小学生でも読めるような文体、わかりやすい説明、豊富なイラスト。この種の入門書の中でダントツの分かりやすさだと思う。

たとえばカラダの構造について。著者はそれを「ちくわ」に例えてみせる。ヒトのカラダの真ん中には、口から肛門までつながっている消化管という穴があるのがその理由らしい。このようなユニークな説明が次々と飛び出してくる。読み進めるたび「そうだったのか!」という新たな発見がある一冊。

『時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち (岩波科学ライブラリー)』日本発奇跡の湖

時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち (岩波科学ライブラリー)

時を刻む湖――7万枚の地層に挑んだ科学者たち (岩波科学ライブラリー)

 

2012年10月18日、福井県にある水月湖が突如世界の脚光を浴びる。過去5万年もの時間を測る標準時計として世界に認知されたのがその理由だ。本書はそのプロジェクトを主導した著者による水月湖研究の物語である。

ちなみに水月湖は「奇跡の湖」と呼ばれている。周囲を高い山々に囲まれ、水深が34mと深く、湖底が絶妙なスピードで沈降した結果、7万年もの長き期間にわたって年縞が形成され続けた。このような湖は世界的にも極めて珍しいという。

『ハダカデバネズミ―女王・兵隊・ふとん係 (岩波科学ライブラリー 生きもの)』個性際立つインパクト

ハダカデバネズミ―女王・兵隊・ふとん係 (岩波科学ライブラリー 生きもの)

ハダカデバネズミ―女王・兵隊・ふとん係 (岩波科学ライブラリー 生きもの)

 

ハダカデバネズミはこの本で市民権を得たかもしれない。2009年科学ジャーナリスト賞を受賞した一冊。ハダカで、デッパで、ネズミで、外見はしわしわの焼き芋のような不思議なこの生き物は、じつはアリやハチと同じく女王が君臨する階級社会の中で生活している。つまり真社会性哺乳類なのだ。

デバ(愛着を込めて著者はこう呼んでいる)は、平均80匹、最大300匹の群れで生活している。一匹の女王、数匹の繁殖オス、数十匹の働きデバと兵隊デバから構成され、それぞれに役割分担があるらしい。

ちなみにデバは哺乳類としては常識外れに長寿命だという。著者が飼育する女王デバは推定37歳というから驚きだ。さらにデバは17種類の鳴き声を持ち、状況に応じて使い分ける。暗いトンネルの中でコミュニケーションをとるには視覚、嗅覚、触覚いずれも使い物にならないからだ。知れば知るほどじつに不思議な生き物である。