ざっくりノンフィクション

個人的おすすめ本をざっくり紹介。ノンフィクション中心。

『生命、エネルギー、進化』スリリングな仮説に圧巻

生命、エネルギー、進化

生命、エネルギー、進化

 

生命の起源という究極の問いに真正面から挑んだ一冊だ。生命現象を研究対象とする生物学の分野では、自然選択と、ゲノムを作り上げるランダムなプロセスの一部については多くのことがわかっている。しかし、生命の起源と、細胞の初期にかんする進化はいまだ多くの謎につつまれたままである。著者ニック・レーンは、「生物学のブラックホール」ともいえるその問題に、本書で具体的かつ説得力のある仮説を提示する。そのシナリオがあまりに説得力を帯びており、「この筋書き以外に生命は誕生しなかったのでは?」と思わせるほどである。

著者の結論から言おう。生命の誕生に必要なものは、岩石と水とCO2だけである。これらが化学と地質学の法則によって、温かいアルカリ熱水噴出孔を形成する。そして細孔の薄い壁をはさんだプロトン勾配によって化学反応が進み、有機物の生成が促されたというものである。もちろん、無限に広がる宇宙ではなんでもありうるが、生命の誕生を最も促す条件はアルカリ熱水噴出孔以外に考えられないと著者は言う。アルカリ熱水噴出孔は反応性の高い炭素と化学エネルギーを継続的に提供できることに加えて、天然のプロトン勾配を生み出す物理的構造を備えているからだ。

このように本書は、誕生初期の地球環境を手がかりに、ほかの研究者たちと著者自身の研究成果から、生命の起源について壮大かつスリリングな仮説を読者に提示している。サイエンスが好きなら間違いなくおすすめできる一冊である。

『量子コンピュータが人工知能を加速する』量子コンピュータがすごい

量子コンピュータが人工知能を加速する

量子コンピュータが人工知能を加速する

 

いま北米を中心に「量子コンピュータ」の大きなうねりが生じている。2011年にカナダのベンチャー企業であるD-Wave社が商用化したのをきっかけに、2013年にグーグルが内部に量子人口知能研究所を設立し、独自の量子コンピュータ開発に着手、2016年にはアメリカ政府も情報先端研究プロジェクト活動(IARPA)の一環として開発競争に参戦している。

なぜこれほどの盛り上がりを見せているのか。それはまだ実現が先だと思われていた量子コンピュータが、「量子アニーリング方式」の発見によって突如完成したからに他ならない。また量子コンピュータは、人工知能をはじめ金融や物流など幅広い産業への応用も期待され、すでに一部では運用も始まっている。怪しい理論でも未熟な技術でもなく、今後人工知能とともに社会に大きな影響を与えることが確実なのだ。

量子コンピュータはたくさんの組み合わせの中から最も効率のよいものを選ぶ、いわゆる「組み合わせ最適化問題」の計算に威力を発揮する。たとえば、1秒間に1京回計算ができるスーパーコンピュータ「京」を駆使してもおよそ8億年かかってしまう、つまり永遠に計算が終わらないような複雑な最適化問題も、量子コンピュータの手にかかれば数秒で終わってしまうと言えばその威力が理解できるだろう。

そんな量子コンピュータが社会に大きな影響を与えると言われてもイメージしづらいかもしれない。しかし現実の社会には、その「組み合わせ最適化問題」が意外にも多く存在する。たとえば物流分野で、トラックや船舶や飛行機による最適化を世界規模で行えば、燃費や時間を節約でき、環境に与える負荷も大幅に削減できる。また医療分野では大きな分子の構造分析に応用できる。構造分析に組み合わせ最適化を使い、薬効の向上を図るといった具合だ。そして忘れてならないのが人口知能への応用だ。機械学習の手法として注目を集める「ディープラーニング」を行なう上で必要となる「サンプリング」に量子コンピュータが有用だと最近注目を集めている。

量子コンピュータ人工知能との合わせ技によって、製造、物流、金融、医療、小売、法律などの幅広い分野で今後大きな変化が起こるだろう。人工知能量子コンピュータ。その2つの重ね合わせの先に大きなフロンティアが広がっている。

『城のつくり方図典 改訂新版』お城をつくる気分に浸る

城のつくり方図典 改訂新版

城のつくり方図典 改訂新版

 

実生活にまったく役立たない本である。現代日本において大多数の人は城をつくる予定などないはずだ。そんな状況などお構いなしに、ゼロから真面目に城のつくり方を説明している。初心者からゼネコン関係者まで読むに耐える内容の仕上がりになっていると思う。

本書の内容に沿うと、城のつくり方には大きく3つの作業工程がある。「縄張り(なわばり)」「普請(ふしん)」「作事(さくじ)」である。まず縄張り。城を設計することを意味している。具体的には、城地を定め、曲輪(城を構成する区画)を築き、虎口(曲輪の入口)を定めるというものだ。

次に「普請」。城壁や土塁や堀を築くことを意味している。言うまでもなくそれらは敵の侵入を防ぐために築くものである。城壁を築くためには、基礎工事として地面を少し掘り下げて、根石(ねいし)と呼ばれる石垣の最下段で土台となる石を据えて、その上に積み石を築き上げていく。堀をうがつには、曲輪の造成と並行して掘削が必要とされる。土塁は堀の副産物とも言えるもので、平地に大きな堀を堀り、その土砂を掻揚げて盛ればよい。

最後に「作事」。天守や城門や櫓や御殿などを建てることを意味する。天守の骨組みは土台・柱・梁・桁および柱盤でできていて、天守台の石垣の上に土台を敷き、その上に交互に柱や梁を組み上げていくというシンプルなものだが、強度は柱にかぎると現代の一般住宅の八十倍を超えるとも言われている。天守を上げたら、あとは曲輪の隅に櫓(有事の際は防衛拠点、平時の際は軍需物資の貯蔵庫として機能した)、虎口に城門、城内の平地に御殿を整備していけば、ほぼ完成だ。

他にもここでは紹介しきれないほど城のつくり方にまつわる知識や技法がたくさんある。もっと詳細が知りたくなったら是非本書にあたってほしい。

『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』中東情勢の元凶を知る

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

【中東大混迷を解く】 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 (新潮選書)

 

「サイクス=ピコ協定こそ中東問題の元凶」
混迷を深める中東問題の解説にしばしば見られる決まり文句である。

たしかに西欧列強がオスマン帝国の支配領域を第一次世界大戦後に分割することを取り決めたサイクス=ピコ協定は、英仏による恣意的な国境線がそのまま中東の諸国家形成のベースとなったという意味において、現在の中東混迷の「容疑者」として真っ先に矛先が向かうのはある意味当然に思える。しかし実態はそう単純ではないようだ。

その理由を明快に、わかりやすく、過不足なく説明しているのが本書である。

本書のなかで著者が強調したいことは、サイクス=ピコ協定を現在の中東問題の「原因」としてのみとらえると多くを見失ってしまう、ということに尽きる。中東問題の本質とは、サイクス=ピコ協定の背景になる歴史、その後の展開、関連する他の条約(具体的に1920年のセーヴル条約と1923年のローザンヌ条約)、そして中東現地の状況を総合的・複合的に理解することによってはじめて浮かび上がるのだ。

正直、本書を読み終えてまだ中東問題の原因を正確に理解できていない。しかし、サイクス=ピコ協定、およびその当時の政治的文脈や歴史的背景を理解することは、現在の中東情勢を理解するための格好の糸口になることは少なくとも理解できた。だから繰り返し読んでみようと思う。しばらく手放せない一冊になりそうだ。

『観察力を磨く 名画読解』知覚の技法を学ぶ

観察力を磨く 名画読解

観察力を磨く 名画読解

 

美術書というよりビジネス書といったほうがいいかもしれない。アート作品の観賞を通じて、情報収集能力、思考力、判断力、伝達力、質問力を向上させようといった内容だ。もっと言うと、アート観賞を通じて、大きな概念を具体的事象と結びつけ、五感から入る情報を統合し、正確かつ客観的に他者に伝える方法(=知覚の技法)も学べてしまうという何とも魅力的な本である。

そもそも、なぜアートか。それはアートが「途方もない量の経験と情報の蓄積」であることに関係している。たとえば町中で人間観察をする場面を想像してほしい。目の前を通りすぎる人々が何者で、彼らの服装にどんな意味があって、どこへ向かっているのかに思いをめぐらせてみる。しかし通行人はやがて視界から消える。そのあと自分の推測が正しかったかどうかを確かめる術はない。

アートは逆だ。描かれた対象が誰(または何)で、いつの時代の、どこで起きた出来事で、なぜそのようなポーズをしているか答えは出ている。つまり自分の推測の答え合わせができる。したがって、アートは知覚の技法に必要な観察力、分析力、コミュニケーション力を学ぶのに最適な教材なのである。

本書の内容は、FBIやCIA、ニューヨーク市警、ロンドン警視庁、アメリカ陸海軍のほか、ジョンソン・エンド・ジョンソンHSBC銀行など大手企業の間でもセミナーで評判をよんでいるらしい。気になった方は是非本書を手にとってみてはいかがだろうか。

『ブロックチェーン・レボリューション』情報革命から信頼革命へ

インターネットが情報革命によって人々の生活を一変させてしまったことは、疑いようのない事実だろう。そしていま、そのインターネットのインパクトに匹敵するような新たな革命がはじまろうとしている。著名な企業家、投資家、技術者、専門家、政府関係者らが「社会の全分野に影響を及ぼす」と口をそろえるその技術は、ブロックチェーンと呼ばれている。

ブロックチェーンとは、あらゆる取引が記録された世界規模の帳簿のようなもので、大規模なP2Pネットワーク(サーバーを介さず、個々の参加者が対等な立場で直接やりとりするネットワーク)に支えられた技術を指す。

特徴は大きく3つある。まず分散されていること。中心となるデータベースが存在せず、世界中の参加者たちのコンピューターで動いているので、たとえ1台がおかしくなってもシステム全体に影響は及ばない。第二はパブリックであること。データベースがネットワーク上にあるので、いつでも誰でも自由に見られるし、データの正しさも検証可能だ。第三は暗号技術を利用した高度なセキュリティが備わっていること。公開鍵と秘密鍵という2種類の鍵を利用するので、データ流出・盗用・改ざんの恐れとは無縁だ。

ではこのブロックチェーンによって、社会のどの分野にどのような変化が起こりうるのか。本書の目的は、まさにその点を明らかにすることにある。たとえば次のような事例が紹介されている。「本物のシェアリング・エコノミーがやってくる」「金融業界に競争とイノベーションが生まれる」「財産権が確実にデータ化される」「送金が安く、早く、簡単になる」「支援金が必要な人に確実に届く」「クリエーターが作品の対価を受けとれる」「会社の形態が進化する」「モノが自分で動くようになる」「小さな企業がどんどん生まれる」「政治が人びとのものになる」

これだけ見るとブロックチェーンがもたらす未来は、いいことずくめに思えるかもしれない。しかし一方でブロックチェーンには乗り越えるべき障壁も多く存在する。技術が成熟していないし、使いやすいアプリケーションも出揃っていないし、取引を承認する度にマシンパワーを消費するのは、エネルギー浪費だとしてブロックチェーンの仕組み自体に対する批判さえ出ている。

それでも、ブロックチェーンは世界をより豊かにするはずだ、と本書は楽観的な立場をとっている。社会と経済に主体的に参加できる手段、財産を安全に保管・移動できる基本的な金融サービスへのアクセス、土地や財産の所有権が正当に守られる制度など、人が豊かに生きるために必要最低限なものをもたらしてくれるからだ。もちろん、それは各分野のリーダーをはじめとする私たち一人ひとりによってブロックチェーンが正しく理解され、正しい方向に導かれて、はじめて訪れる未来である。

『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』物質の根源へ 探求は続く

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語

 

一般人にとって理解困難とされる量子物理学がぐっと身近に感じられる好著である。2012年に発見されて大きな話題となったヒッグス粒子を軸に、量子物理学の発見と発展、そして近未来の展望までを、著者でありノーベル賞受賞者でもある量子物理学者レオン・レーダーマンが生き生きとした語り口で読者を引き込んでいく。

物理学者は理論物理学者と実験物理学者の二種類にわかれる。レーダーマンは後者であり、本書の訳者である青木薫さんいわく、実験家が一般読者のために本を書くことなどまずありえなく、大概の物理学の本は、ほとんどすべてといっていいほど理論家によるものだという。さらに、二十世紀アメリカにおける理論物理学者のアイコンがリチャード・ファインマンだとすれば、実験物理学のアイコンは間違いなく、レオン・レーダーマンだろうと述べている。(個人的にこの情報を見ただけで本書を購入してしまった)

本書で一番印象的だったのは、量子物理学の展望を語った第八章「加速器は語る」と、第九章「ヒッグス粒子を超えて」である。大型ハドロン衝突型加速器LHC)の時代になるまで世界最強の粒子加速器であったテバトロンを擁するフェルミ研究所は、財政上の事情と、他のプロジェクトへの影響を考慮して、2011年9月30日にテバトロンの稼働停止の決断を下す。逆にLHCを擁する欧州原子核研究機構(CERN)は、2012年7月4日にヒッグス粒子発見という大偉業を成し遂げる。この流れをうけて、マスコミの人たちのあいだに「フェルミ研究所はこの先どうなるのか」「フェルミ研究所にはもはや素粒子物理学において果たすべき使命がなく、先の見通しもない」などの誤った考えも広まった。

しかし実態はそうではない。すでにフェルミ研究所では、LHCのような高エネルギーフロンティアを目指す路線と別のアプローチで計画を進行させている。大強度フロンティアと呼ばれるものだ。その基幹となるものが大強度陽子衝突型加速器で、フェルミ研究所は「プロジェクトX」と名付けている。そして、この高エネルギーフロンティアを目指すLHCの路線と、大強度フロンティアを目指すプロジェクトXの路線は、互いに補い合うものであり、物質の根源についてさらなる発見をもたらすだろうとレーダーマンは期待を寄せる。

ヒッグス粒子が発見されたとはいえ、「ヒッグス粒子の質量は、どこから来るのか?」という問いの答えは明らかになっていない。これは量子物理学の領域のなかでもっとも先端的な問題となっている。それでも、LHCプロジェクトXなど、衝突型加速器という「強力な顕微鏡」によって、今後それらの手がかりが次々と明らかになってくるだろう。同時に「物質とは何か、それはどんな仕組みで成り立っているのか?」という素粒子物理学の根幹ともいえる問いの答えにも近づけるだろう。自然という玉ねぎの階層は、まだまだ剥ける要素を残しているに違いない。