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『量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語』物質の根源へ 探求は続く

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語

量子物理学の発見 ヒッグス粒子の先までの物語

 

一般人にとって理解困難とされる量子物理学がぐっと身近に感じられる好著である。2012年に発見されて大きな話題となったヒッグス粒子を軸に、量子物理学の発見と発展、そして近未来の展望までを、著者でありノーベル賞受賞者でもある量子物理学者レオン・レーダーマンが生き生きとした語り口で読者を引き込んでいく。

物理学者は理論物理学者と実験物理学者の二種類にわかれる。レーダーマンは後者であり、本書の訳者である青木薫さんいわく、実験家が一般読者のために本を書くことなどまずありえなく、大概の物理学の本は、ほとんどすべてといっていいほど理論家によるものだという。さらに、二十世紀アメリカにおける理論物理学者のアイコンがリチャード・ファインマンだとすれば、実験物理学のアイコンは間違いなく、レオン・レーダーマンだろうと述べている。(個人的にこの情報を見ただけで本書を購入してしまった)

本書で一番印象的だったのは、量子物理学の展望を語った第八章「加速器は語る」と、第九章「ヒッグス粒子を超えて」である。大型ハドロン衝突型加速器LHC)の時代になるまで世界最強の粒子加速器であったテバトロンを擁するフェルミ研究所は、財政上の事情と、他のプロジェクトへの影響を考慮して、2011年9月30日にテバトロンの稼働停止の決断を下す。逆にLHCを擁する欧州原子核研究機構(CERN)は、2012年7月4日にヒッグス粒子発見という大偉業を成し遂げる。この流れをうけて、マスコミの人たちのあいだに「フェルミ研究所はこの先どうなるのか」「フェルミ研究所にはもはや素粒子物理学において果たすべき使命がなく、先の見通しもない」などの誤った考えも広まった。

しかし実態はそうではない。すでにフェルミ研究所では、LHCのような高エネルギーフロンティアを目指す路線と別のアプローチで計画を進行させている。大強度フロンティアと呼ばれるものだ。その基幹となるものが大強度陽子衝突型加速器で、フェルミ研究所は「プロジェクトX」と名付けている。そして、この高エネルギーフロンティアを目指すLHCの路線と、大強度フロンティアを目指すプロジェクトXの路線は、互いに補い合うものであり、物質の根源についてさらなる発見をもたらすだろうとレーダーマンは期待を寄せる。

ヒッグス粒子が発見されたとはいえ、「ヒッグス粒子の質量は、どこから来るのか?」という問いの答えは明らかになっていない。これは量子物理学の領域のなかでもっとも先端的な問題となっている。それでも、LHCプロジェクトXなど、衝突型加速器という「強力な顕微鏡」によって、今後それらの手がかりが次々と明らかになってくるだろう。同時に「物質とは何か、それはどんな仕組みで成り立っているのか?」という素粒子物理学の根幹ともいえる問いの答えにも近づけるだろう。自然という玉ねぎの階層は、まだまだ剥ける要素を残しているに違いない。